呼吸をするっていうこと。
それは、お腹から出た瞬間から、死ぬまで避けられない行為で。
私は、そのことに、そんなに意味はないと思っているの。 呼吸をする入れ物のなかに、私、というものが入ってる感覚。それに意味を見出だそうとするから、きっとなにか、複雑になっていく。複雑に、している。
本質は、ただ、ただここで呼吸をしていることなのに。
みんながみんな、明確ななにかを求めてる訳じゃなくて、確かなものを持っている訳じゃなくて。ただ。それなのに、そこで、ただ、生きているだけじゃ、許されない世界。義務や責任、そんなのを背負わないとならない、世界。
歯車を噛み合わせて、回さないと、いけない、世界で。
安心を得るために抑圧した、自由。無意識部分に潜むなにか、みないふりしたまま、抑圧しているものに気がつかないまま、一生を終えるのかな。
私が私であると言うことは、いったい何によって示されるんだろう。自我とは、なにか。操作されていない部分は残ってる?
呼吸をしているということ。生きていること。それはただそういう状態であると言うこと。
価値とか意味とか、そんなもの位置付けなくてもよくて、ただひたすらに、そこに存在している状態で、あるということ。
どんな風に考えることも行動することも、誰にだって許されること、だと思うんだ。
ただの私で、ただのあなたで、それは、ただの、人間。その鼓動が途絶えるまで、生きるだけ。
自我とはなにか。生きるとはなにか。
私とは、なにか。