そういう状態。ただ、そういう状態。 - スポンサー広告想い
2ntブログ

魅せられて。

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このブログは、とあるSadとMasの二人が出会ったことで動き始めた時間を切り取っています。

主にMasが書いています。

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以下がカテゴリ。Sad側が書いたものは全て「SadismusSide」になります。

調教。  想い。  保呂草くんとの時間。  日々のこと。  その他。  SadismusSide

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そういう状態。ただ、そういう状態。

呼吸をするっていうこと。
それは、お腹から出た瞬間から、死ぬまで避けられない行為で。

私は、そのことに、そんなに意味はないと思っているの。 呼吸をする入れ物のなかに、私、というものが入ってる感覚。それに意味を見出だそうとするから、きっとなにか、複雑になっていく。複雑に、している。

本質は、ただ、ただここで呼吸をしていることなのに。


みんながみんな、明確ななにかを求めてる訳じゃなくて、確かなものを持っている訳じゃなくて。ただ。それなのに、そこで、ただ、生きているだけじゃ、許されない世界。義務や責任、そんなのを背負わないとならない、世界。

歯車を噛み合わせて、回さないと、いけない、世界で。





安心を得るために抑圧した、自由。無意識部分に潜むなにか、みないふりしたまま、抑圧しているものに気がつかないまま、一生を終えるのかな。



私が私であると言うことは、いったい何によって示されるんだろう。自我とは、なにか。操作されていない部分は残ってる?



呼吸をしているということ。生きていること。それはただそういう状態であると言うこと。

価値とか意味とか、そんなもの位置付けなくてもよくて、ただひたすらに、そこに存在している状態で、あるということ。



どんな風に考えることも行動することも、誰にだって許されること、だと思うんだ。


ただの私で、ただのあなたで、それは、ただの、人間。その鼓動が途絶えるまで、生きるだけ。


自我とはなにか。生きるとはなにか。
私とは、なにか。

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